の回答・AIによるまとめ
後見人については、血縁の兄弟や従兄弟がいないことが悩みの出発点にあり、信頼できる相手の見つけ方も分からないでいる。どこにも相談はしていない。不安の背景は、使い込みや支配、コミュニケーション不足を見聞きしてきたことにある。
誰も信用出来ない。また見つけ方の最良方法も分からない
住まいの検討は、時間のなさと一型糖尿病による医療的ケアの必要から選択肢が限られ、手を付けられていない。支援員は、生活介護施設の勧めで区役所へ行ったが探してもらえず、電話でも断られて諦めた。
現在対応出来ず申し訳ありません。とのことで、すっかり諦めてしまいました。手間と心労がある。
生活介護施設の送迎引き渡しが8:50で、教員として朝から働けない。現在は10時からの自営業で働き、2〜3時間目から働ける講師の勤務先を探している。日中一時支援は数が少なく、親の働く時間に制限がかかると述べた。
対応してくれる人が居ないので、朝からは働けないでいる。
現在の生活介護施設は、内職(月500円の工賃)とレクリエーションが中心で、生活の練習がない。慣れるまで3年かかり、休みにくい圧も感じている。
利用しないと施設にお金が入らないからと言う遠回しな圧がある
国や自治体に伝えたいこととして、支援学校卒業後に教育が断絶されることを挙げた。支援学校では買い物練習、読み書き計算、体育、コミュニケーション、交通マナーを学んでいた。20歳か22歳まで支援学校があってほしいと望んでいる。
せっかくスローステップでやって来たのに断絶される。せめて20歳、22歳まで支援学校があって欲しい。
レポートの構成はインタビューごとの設定により異なります
まず、あなたのお立場を教えてください。障害のある方との関わりで、いちばん近いものを選んでください。
親
お子さんの暮らしの節目のうち、経験したことや、これから迎える・心配していることで、いちばんお話ししたいものはどれですか。
親なき後(支えている家族・支援者の高齢化も含む)
親なき後について、いまどんな準備や心配がありますか。思いつくことから話してください。
血の繋がりのある、兄弟や従兄弟などが1人も居ない、後見人に悩む。
後見人のことで、いまいちばん悩んでいるのはどんなことですか。
誰も信用出来ない。また見つけ方の最良方法も分からない
後見人の探し方について、これまでにどこかへ相談されたことはありますか。
していない。
後見人を任せる相手に、いちばん不安に感じるのはどんなことですか。そう感じるきっかけになった出来事があれば、教えてください。
後見人のお金の使い込みや、支配下に置くこと、コミュニケーションを取らないことなど、これまでに見聞きしていることなどがあり、不安。
後見人のほかに、お子さんの住まい、お金の管理、日々の見守りといったことも考えることがあると思います。いま、いちばん決まっていないのはどれですか。それ以外でも構いません。
施設入所、グループホームなどの検討も考え無ければいけないが、中々時間も無く、一型糖尿病もあるので医療的ケアが必要だと、選択も限られる。どこから手を付けていいか分からない、またこれまで支援員など付いたこともなく、支援員という制度も知らなかった。役所に行くと支援員は自分で探して下さいで終わります。実際に電話などすると、何処もいっぱいで見つからない。また、現在通所してる生活介護施設では、内職(毎月工賃500円)やレクリエーションだけで、自立生活に向けた生活の練習などは無い。
役所で「支援員は自分で探して下さい」と言われたとのことですが、そのとき、どんなやり取りがありましたか。いつ頃、どの窓口で、どんな説明があったかを、覚えている範囲で教えてください。
生活介護施設から、支援員さんを付けた方が良いと言われ、区役所の障害課へ行くと、こちらでは探す事が出来ないので、ご自分で探し下さいと、でも今は何処もいっぱいで難しいと思いますが、と言われて、支援員事業者の一覧の紙をもらいました。自分で幾つか電話してみたものの、現在対応出来ず申し訳ありません。とのことで、すっかり諦めてしまいました。手間と心労がある。 また、教員として朝から働きたいが、生活会議施設は9:00からで送迎引き渡しは8:50、学校の1〜2時間目に間に合わない。
朝の送迎の時間が合わず、教員のお仕事に影響が出ているとのことですが、いまはどのように対応されていますか。
対応してくれる人が居ないので、朝からは働けないでいる。なので基本10時からの自営業として働いている。これから2〜3時間目から働ける講師として、何とか学校を探すところです。
お子さんの暮らしの節目で支援が途切れないために、国や自治体に一つだけ伝えられるとしたら、何を伝えたいですか。
私のこどもは22歳ですが、18歳後の環境がこんなにも課題が多いのかとショックでした。 先ず、支援学校を卒業した途端に、教育を受けられない。せっかくスローステップでやって来たのに断絶される。せめて20歳、22歳まで支援学校があって欲しい。体育など身体を動かすことも無くなってしまった。生活介護施設に慣れるまで3年かかった。18歳からいきなりでは可哀想で仕方なかった。また、学校の様に休みにくい、利用しないと施設にお金が入らないからと言う遠回しな圧がある。たまたま16時以降の預かりで日中一時支援が見つかったけども、数が少な過ぎる。親の働く時間に制限がかかる。施設での自立訓練的な事が先ずない。内職やレクリエーションだけが重視されている。支援員が足りない居ない。ちゃとしたシステムや仕組みがあれば、障害者ももっと働ける。
支援学校を卒業した後も教育を受けられる場があったら、お子さんの暮らしはどう変わっていたと思いますか。具体的な場面があれば教えてください。
支援学校では、買い物練習や読み書き計算や生活に活かせることをしてくれていた。色々な教材で、好きな勉強もさせてくれていた、また、体育などの身体づくりも出来ていた。また、人との距離やコミュニケーション、交通マナーなどの、様々なことを教えてもらい、役立っていた。
ここからは、簡単な質問を少しだけ伺います。
差し支えない範囲で、お子さんの障害に近いものを1つ選んでください。
知的障害
お子さんのいまの年齢に近いものを選んでください。
20〜39歳
お住まいの市区町村の規模に近いものを選んでください。
政令指定都市・東京23区
最後までお答えいただき、ありがとうございました。後見人、住まい、卒業後の日中の過ごし方など、具体的にお話しいただけて助かりました。
これでインタビューは終わりです。
「障害のある方の暮らしの節目(18歳・65歳・親なき後)に関するインタビュー」は募集中です。約10分で、AIが聞き手になってあなたの考えをうかがいます。